日本におけるHPVワクチンの歴史は、まさに波乱の連続だった。2013年に公的接種が始まった直後、全身の痛みや運動障害などを訴える症例が相次いで報道され、厚生労働省はわずかふた月で積極的勧奨を差し控える事態に追い込まれた。
それから約9年間、日本の接種率はほぼゼロにまで暴落した。「空白の世代」が生まれたこの期間中、海外では接種が進み、子宮頸がんの発症率や前がん病変の罹患率が激減していくデータが蓄積されていった。2026年の勧奨再開に至るまで、日本だけが国際的な医療標準から取り残されるという歪んだ構図が続いたのだ。