空母蒼龍沈没の真相とは?ミッドウェー海戦の悲劇と構造の新事実

空母蒼龍沈没の真相とは?ミッドウェー海戦の悲劇と構造の新事実

空母蒼龍沈没の真相とは?ミッドウェー海戦の悲劇と構造の新事実について専門的な視点から解説いたします。専門家の見解をご覧ください。

1942年6月4日午前10時25分。運命の歯車は一気に逆回転を始めた。米空母ヨークタウンから飛来した第3爆撃中隊(VB-3)のSBDドーントレス急降下爆撃機が、太陽を背にして蒼龍の頭上から急降下を仕掛ける。

最新の考証によれば、蒼龍に命中した3発の1000ポンド爆弾は、計算され尽くしたかのように艦の急所を抉っていた。1発目は前部エレベーター付近、2発目と3発目は飛行甲板中央部と後部に直撃。薄い飛行甲板を容易に貫通した爆弾は、下層の密閉格納庫内で炸裂した。当時、格納庫内では兵装転換作業が行われており、床面には取り外された魚雷や爆弾、そして給油されたばかりの艦載機がひしめき合っていた。

密閉型格納庫は、爆発の圧力を外部へ逃がすことができない。気化した高オクタン価の航空燃料に引火し、格納庫全体が密閉されたオーブンと化した。さらに機関室へと繋がる通風ダクトが火炎の通り道となり、瞬時に当直員を全滅させた。スプリンクラーや炭酸ガス消火装置の配管は最初の爆発で破断。ダメージコントロールを行うための初動すら完全に封殺されたことが、被弾からわずか十数分での総員退去令へと繋がったのである。構造の限界が、瞬時の致命傷を決定づけた。

山崎 陸
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山崎 陸

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