妻の幸子が救いを求めて足を踏み入れたのが、教祖・蓮田が率いる宗教団体「加護の会」でした。団体は「自然の恵みによる心の浄化」や「清らかな生」を標榜し、精神的に衰弱していた幸子を瞬く間にマインドコントロール下に置きます。やがて幸子は市村の静止を振り切り、娘の美幸を連れて教団施設へ通い詰め、家庭を完全に放棄する事態へと発展しました。
そしてある日、決定的な惨劇が市村家を襲います。娘の美幸が、自宅近くの公園で縄跳びのロープで首を吊られた無残な遺体となって発見されたのです。現場の凄惨さと幼い命の不条理な喪失は、警察の捜査体制を感情的な「犯人視」へと傾斜させました。
市村正道が極刑に至った冤罪の理由は、複数の悪質な要因が重なり合った司法の暴走によるものでした。
第一に、「加護の会」による組織的な偽証と責任転嫁です。教団は外部からの追及を恐れ、美幸の死に関する関与を完全に隠蔽。信者たちに市村を冷酷な家庭内暴力の当事者であるかのように証言させました。第二に、警察によるずさんな見込み捜査と状況証拠の曲解です。自宅に残されていた美幸の奇行の痕跡や、精神的疲弊から発した市村の断片的な言動が「虐待の動機」として仕立て上げられました。
市村自身、最愛の娘を守れず、妻すらも救えなかった激しい自責と絶望から、法廷で自らの無罪を強く主張する気力を奪われていました。その結果、決定的な直接証拠を欠いたまま死刑判決が下され、死因となる死刑執行によりその生涯を強制終了させられたのです。