若き日の高田純次は、役者を志しながらも極度の貧困に苦しんでいた。劇団自由劇場を経て、生活の安定と家族を守るため、彼は一度演劇の道を断念している。宝石関連の会社に就職し、ジュエリーデザイナーや営業マンとして地道に働く道を選んだのだ。この時期、彼は家族のために毎月の給料をきちんと持ち帰る真面目な会社員だった。
しかし、運命は思わぬ方向へ転がり出す。旧知の仲であった俳優の柄本明から、新しく立ち上げる劇団東京乾電池への誘いを受けたのだ。再び不安定な演劇の世界へ飛び込むことは、家族を養う身としてあまりに大きなリスクを伴う選択だった。
普通であれば反対されてもおかしくない局面で、背中を押したのが妻だった。「やりたいことがあるならやってみたら」という静かな一言が、高田の迷いを断ち切った。安定を捨てて再び舞台へ戻るという賭けを許容した妻の度量こそ、後の大ブレイクを生む決定的な転機となった。