櫻井海音の表現活動における最初の原点は、ドラムスティックを握りしめた音楽の現場だった。インディーズバンドのメンバーとして活動していた当時、彼は自らの血筋を決して前面に出さず、純粋なリズム隊の一員として音を紡いでいた。父が所属するトイズファクトリーではなく、自らの意志でソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)というマネジメントを選び取った決断こそ、彼の独立心と覚悟を如実に物語っている。
音楽業界のど真ん中に身を置きながらも、あえて父の背中をそのままなぞるのではなく、演技という未知の領分へ舵を切る。その決断の裏には、偉大すぎる存在と比較されることへの葛藤や、二世と呼ばれることへの強烈な反発心があったに違いない。SMAに所属して以降の彼は、オーディションを愚直に受け続け、自らの力で役を一つひとつ勝ち取っていった。