奈良ドリームランド閉園の真相と跡地の現在!夢の国の盛衰を追う

奈良ドリームランド閉園の真相と跡地の現在!夢の国の盛衰を追う

奈良ドリームランド閉園の真相と跡地の現在!夢の国の盛衰を追うを徹底追究! 読者が気になる 情報と解説を凝縮して配信します。

昔の様子を振り返ると、奈良ドリームランドはまさに時代の最先端を走る複合リゾートでした。夏場には1日数万人が押し寄せる巨大な「流れるプール」「ウォータースライダー」が家族連れの定番となり、モノレールやボブスレーなどのアトラクションが終日フル稼働していました。1970年の大阪万博開催時には観光ルートに組み込まれ、年間入場者数は推定160万人を記録。関西を代表する一大観光拠点として君臨したのです。

しかし、1980年代以降、パークを取り巻く経営環境は劇的に悪化していきます。その最大の要因は、1983年の「東京ディズニーランド(TDL)」の開園と、2001年の「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)」の誕生という、2つの巨大黒船の襲来でした。

時代・年代年間入場者数推移競合・主要イベント経営・設備投資の動向1960年代〜70年代約100万人〜160万人大阪万博(1970年)景気関西随一の規模、大型プール増設で全盛期を謳歌1980年代〜90年代約80万人 → 50万人東京ディズニーランド開業(1983年)施設の老朽化が進行、親会社の経営権変動1998年(起死回生期)一時的な回復(約60万人規模)絶叫マシンブーム総工費約25億円で木製コースター「ASKA」導入2000年代(閉園前)約40万人 → 20万人以下USJ開業(2001年)投資回収不能、メンテナンス難で2006年8月末に閉園

起死回生をかけて1998年に導入されたのが、インタミン社製の木製コースター「ASKA(アスカ)」でした。総木造ならではの軋むような独特の激しい揺れと疾走感は、世界的なローラーコースター愛好家団体からも「世界屈指の名機」と絶賛されました。しかし、総工費約25億円という巨額投資は、直後に訪れたUSJ開業による関西商圏の激変によって回収困難となり、閉園の理由を決定づける重い財務負担となってしまったのです。

佐藤 大輔
Author

佐藤 大輔

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。