昭和40年代後半、少女漫画の概念を根底から覆した若手女性漫画家グループは、昭和24年前後生まれの世代であったことから「24年組」と呼ばれる。その中心人物として異彩を放っていたのが彼女だ。
練馬区大泉のアパートで竹宮惠子と同居していた通称「大泉サロン」は、若き才能たちが夜な夜な芸術論や映画、世界文学を語り明かす伝説の創作拠点となった。互いに強烈な刺激を与え合い、時に激しいライバル意識と創作上の苦悩を抱えながら切磋琢磨したこの時期の体験こそが、日本の漫画出版業界に革命をもたらす原動力となったのである。