1961年の『用心棒』の世界的大ヒットは、製作元である東宝に莫大な利益をもたらした。配給側が熱望したのは当然ながら「あの強い男の再来」だった。しかし、黒澤明は単なる焼き直しを徹底的に拒絶した。彼が選んだのは、文豪・山本周五郎の短編小説『日日平安』の換骨奪胎だった。
原作の主人公は、腕っぷしはからきしだが知恵が回る冴えない中年男・菅井平安である。黒澤はこの設定に、三船敏郎演じる超人的な剣豪の肉体を大胆に移植した。脚本を手掛けた菊島隆三、小国英雄、そして黒澤自身の三人による徹底した練り上げにより、血生臭い復讐譚ではなく、若き侍たちの青臭い理想を大人の現実主義で導いていく知的で痛快な集団劇へと昇華させたのだ。
凄腕でありながら金に執着せず、汚れた着物を揺らし、時に面倒くさそうに頭を掻く。この徹底的に人間臭いアンチヒーローの誕生は、当時の時代劇における紋切型の美剣士像を完全に破壊した。三十郎は正義の味方などではない。ただ、目の前の理不尽と愚かさを見過ごせないだけの、極めて厄介な優しさを持った放浪者だった。