ふたりの出会いは1970年代後半、竹内まりやのデビュー当時にまで遡る。もともとは同じレコード会社に所属する音楽仲間であり、山下達郎が楽曲提供やコーラスアレンジを手掛けるスタジオワークの中で徐々に距離を縮めていった。過密なスケジュールに追われ、一時は音楽活動の休止を余儀なくされた彼女を精神的にも支え続けたのが、ほかならぬ彼だった。
1982年の結婚発表は、当時の音楽シーンを大きく揺るがす大ニュースとなった。「家庭を優先しながら無理のないペースで良い音楽を作る」というふたりの合意は、当時の芸能界では極めて異例の選択だったが、結果として半世紀近く色褪せないクリエイティブの源泉となっている。