平穏だった家庭環境が一変したのは2011年のことである。夫である香川照之(九代目 市川中車)が、長年絶縁状態にあった実父・二代目 市川猿翁との劇的な和解を経て、46歳にして歌舞伎界へ電撃参入することを宣言した。同時に、まだ幼かった息子も「五代目 市川團子」として初舞台を踏むことが決まったのだ。
「澤瀉屋」の名跡を次世代へ繋ぐという大義名分のもと、突然として梨園の妻、そして名門の跡取り息子の母となった知子さんの苦悩は想像を絶するものだった。伝統やしきたりが支配する世界で、外から飛び込んできた一家に対する風当たりは決して優しいものではなかった。先輩幹部俳優の妻たちが仕切る奥会での立ち振る舞い、過酷な稽古に追われる夫と幼い息子のケア。知子さんは心身ともに限界まで追い詰められていく。
2016年、21年間に及んだ婚姻生活に終止符が打たれた。離婚の決定打となったのは、梨園という特殊な環境下での価値観の乖離と、息子を守りたいという母としての強い意志だったと伝えられている。知子さんは夫のもとを去ったが、息子の母としての務めを手放すことは決してなかった。