長距離走の歴史において、42.195kmは人間の生理的限界を試す壮大な実験場でもあった。「人類には不可能」と囁かれた2時間の壁に肉薄したのが、マラソン界の生ける伝説エリウド・キプチョゲだ。ストイックな哲学と圧倒的な勝負強さで五輪連覇を果たし、非公認レースながら1時間59分40秒を叩き出して世界を驚愕させた。
そのキプチョゲの記録を正式レースで塗り替えたのが、シカゴマラソンで2時間0分35秒の世界記録を樹立したケルビン・キプタムだった。若くして急逝したキプタムの驚異的なスピードは、マラソンという競技のスピード化を一気に加速させた。坂道と猛暑がランナーを苦しめたパリオリンピック陸上競技の男子マラソンでも、過酷なコースプロファイルの中で極限の駆け引きが展開され、人類の進化が生々しく示された。今やフルマラソンは、持久力だけでなく中距離走のような爆発的スピードの維持が求められる時代へと突入している。