1960年代後半から70年代初頭にかけて、日本映画界は激動の過渡期にあった。旧来のスタジオシステムが崩壊の危機に瀕する中、日活で頭角を現した梶芽衣子は、『野良猫ロック』シリーズなどで若者たちの行き場のないエネルギーを体現。反体制のミューズとして瞬く間にカルト的人気を獲得した。
しかし、映画会社各社が生き残りをかけて過激なエロティシズムや暴力描写へ傾斜する中、彼女は東映へと新天地を求める。そこで待ち受けていたのは、より荒々しく生々しい映画製作の最前線だった。商業的な要請としての露出を求められながらも、彼女は決して客寄せパンダに甘んじることはなかった。自らの存在意義を賭けた闘争が、ここから幕を開ける。