かつて園子温監督の映画『自殺サークル』が国内外に強い衝撃を与えたように、フィクション作品における表現は社会批評や芸術的文脈として議論されてきました。また、Netflixなどで配信される社会派ドキュメンタリーにおいても、過激な題材を通じて現代の孤立や心理的葛藤に警鐘を鳴らす試みが行われています。
しかし、文脈を持たない生々しい映像が無秩序に流出するSNSの状況は、作品としての表現物とは根本的に異なります。演出や合意に基づかない現実の悲劇の消費は、単なるセンセーショナリズムに過ぎず、視聴者に過度な精神的ストレスを与えるだけでなく、模倣行動(ウェルテル効果)を誘発する重大な危険を孕んでいます。