『曾根崎心中』の真の恐ろしさは、事件発生からわずか一ヶ月余りという驚異的な速さで上演された即時性にある。主人公の徳兵衛は内物屋(醤油屋)の手代として真面目に働いていたが、叔父からの養子縁組と祝言の噂を断ったことで破門され、勘当の憂き目に遭う。さらに最悪なのは、親友であった油屋九平次から被った悪質な裏切りだ。
九平次は徳兵衛から借りた手形を偽造し、公衆の前で徳兵衛を詐欺師扱いして激しい暴行を加えた。商人の街・大坂において、信用と面目を完全に失うことは社会的な死を意味する。遊女のお初もまた、店での義理と徳兵衛への情愛の板挟みに苦しんでいた。近松門左衛門は、単なる男女の恋愛沙汰ではなく、社会の理不尽な圧力に押し潰された若者たちの絶望を描き出したのである。史実における二人の死は、ロマンチックな悲恋というより、社会的包囲網による追い詰められた自死であったという見方が、近年の研究でも強まっている。