19世紀中頃、蚕の病気や気候の不順により全国の養蚕業は壊滅的な打撃を受けるリスクと背中合わせにあった。その窮地を救ったのが、本地区の豪農であった田島弥平である。彼は蚕室内の温度と湿度を自然換気によって最適に保つ「清涼育」という理論を提唱し、自らの邸宅に大屋根の換気窓、すなわち「気抜(きぬ)きやぐら」を導入した。この工夫により、病気の発生率は激減し、高品質な繭が安定して生産できるようになった。
当時の人々にとって、風の流れを人工的にコントロールするという発想は画期的であった。近代産業遺産としての評価が確立された現在でも、この二階建て構造の換気メカニズムは建築学的な観点から高い関心を集めている。職人たちの知恵と科学的探究心が交差した現場には、当時の熱量がそのまま残されているかのようだ。