1997年、中国系アメリカ人ジャーナリストのアイリス・チャンが出版した『ザ・レイプ・オブ・南京』は、全米でベストセラーを記録し、南京事件を欧米一般社会の記憶に決定的に刻み込んだ。欧米で忘れ去られかけていたアジア戦線の悲劇に光を当てた功績は極めて大きい。
しかし、近現代史・歴史学研究の専門家からは、同書における写真の誤用や伝聞の無批判な採用、歴史的文脈の単純化に対する厳しい指摘も相次いだ。感情的な告発に偏った記述は日米両国の歴史学者の間で活発な議論を呼び起こし、結果として史料の厳密な再検証を促す引き金となった。
センセーショナルな言説が拡散する一方、日米中の歴史研究者らは一次史料の緻密な突き合わせを進め、神話化や矮小化を排した実証的なアプローチの必要性を再認識することになった。