佐多稲子の壮絶な生涯と代表作|過酷な労働と共産党除名の真相

佐多稲子の壮絶な生涯と代表作|過酷な労働と共産党除名の真相

佐多稲子の壮絶な生涯と代表作|過酷な労働と共産党除名の真相にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。

佐多稲子(本名:佐田イネ)は1904年(明治37年)、長崎県長崎市に生まれました。幼少期に一家で上京したものの家計は極めて困窮しており、高等小学校をわずか10歳余りで中退。生活を支えるため、キャラメル工場での過酷な児童労働を皮切りに、海苔屋、製糸工場、日本橋・丸善の文具売り場、カフェの女給など、底辺の労働現場を転々としました。

転機が訪れたのは、本郷のカフェ・レストラン「紅藍(こうらん)」で働いていた時代です。当時、店に出入りしていた中野重治や堀辰雄、そして後に夫となる窪川鶴次郎ら新進気鋭の文学青年たちと出会い、文学の扉を開くことになります。正規の高等教育を一切受けていなかった佐多でしたが、彼女の内に眠る鋭い感受性と労働者としての皮膚感覚は、同世代のエリート作家たちに強烈な衝撃を与えました。

文壇に認められてからは日本プロレタリア作家同盟に参加し、治安維持法下の過酷な弾圧と投獄を経験。戦時下の困難な時期を乗り越え、戦後は94歳で亡くなる1998年(平成10年)まで、日本文学界の重鎮として執筆を続けました。

田中 結衣
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田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。