騒動の真相を探ると、そこには過密な国会日程と極度のプレッシャーが生んだ「隙」が浮かび上がる。関係者の証言によれば、二人は当選同期として政策勉強会や議員活動を共にする中で急速に距離を縮めていったという。互いの政策論議を交わす仲間から、いつしか個人的な感情が入り混じる関係へと変化していった。
だが、その代償は想像を絶するほど重かった。報道直後、中川氏は体調不良を理由に入院。国会審議がストップする事態を招き、野党側からは激しい辞任要求が突きつけられた。与党幹部も火消しに奔走したが、世論の批判は収まらない。
自民党執行部は綱紀粛正を呼びかけたものの、メディアの追及は止まらなかった。一瞬の気の緩みが引き起こした政界スキャンダルは、個人の政治生命を危うくしただけでなく、当時の内閣支持率や党全体のイメージにも拭いがたい影を落とした。