旅順戦のクライマックスとして語り継がれるのが、満州軍総参謀長であった児玉源太郎の戦線介入劇だ。児玉が乃木の無策に業を煮やして指揮権を事実上奪い、わずか数日で二百三高地を奪取したというエピソードは、劇的なドラマとして語られ続けてきた。
だが、残された公式記録と現場の通信記録は、これとは全く異なる状況を伝えている。児玉の旅順来訪は乃木を排斥するためではなく、重砲の弾薬手配や陸海軍の調整といった大本営レベルの支援を現場に直結させるための実務的協力であった。児玉自身も乃木の立場とこれまでの作戦の蓄積を尊重しており、二人の間には強い信頼関係が存在していた。
二百三高地の奪取は、第三軍が数カ月にわたって敵の防衛網を削り続けた消耗戦の果てに可能となったものであり、児玉が魔法のように一日で成し遂げたわけではない。現場の泥臭い犠牲と準備の積み重ねを無視した英雄待望論は、軍事的なリアリズムを著しく欠いている。