権力の絶頂期には「影の総理」とまで恐れられた二階俊博氏。その引き際は、自らが領袖を務めた政策集団「志帥会(二階派)」の政治資金パーティーを巡る裏金問題と、それに伴う世論の猛反発に追い詰められた末の電撃的な不出馬宣言だった。派閥解散と自身の引退を呑まざるを得なくなった重鎮が、最後の賭けとして託したのが実子へのバトンタッチである。
長年君臨したドンが自らの影響力を温存するために選んだ後継指名は、永田町の旧態依然とした権力維持の手法そのものと映った。自由民主党内でも執行部との水面下の駆け引きが繰り広げられたが、長年培われた地方組織への圧力と恩顧のネットワークは、抗いようのない力学として息子への禅譲を推し進めた。