久留米の焼き鳥屋に入って最初に驚くのが、メニューの圧倒的な幅広さだ。「焼き鳥」という看板を掲げながら、品書きの筆頭に並ぶのは豚のホルモンや牛すじ、あるいは馬肉の串である。地元民にとって、串に刺して焼いたものはすべて「焼き鳥」なのだ。
終戦直後の闇市に出現した屋台がルーツとされる。当時、手に入りにくかった鶏肉の代わりに、近郊の畜産業界から安く仕入れられた豚や牛の内臓肉を炭火で焼いたのが始まりだ。安くて旨い。そして力が出る。労働者たちの胃袋を支えたその合理性と工夫が、80年以上の時を経て独特の美学へと結実した。