1995年の全国ツアー中、異変は起きた。ステージ上で突然、狙った帯域の声が出なくなる。病院を回っても器質的な異常は見つからず、言い渡された病名は心因性発声障害。歌おうとすればするほど喉が固まるという、精神と身体の連鎖的なジレンマだった。
1999年のバンド解散。表舞台からの消失。一時は音楽そのものから距離を置き、山中での生活や土に触れる暮らしの中で自らを見つめ直す日々が続いた。声を出すための発声メカニズムをゼロから再構築し、心と身体のバランスを整える気の遠くなるようなアプローチ。諦めかけた瞬間は一度や二度ではなかったはずだ。それでも「もう一度ステージで歌いたい」という衝動だけが、彼を支え続けた。