日本の本州、四国、九州に広く生息する本土産ノコギリクワガタ(Prosopocoilus inclinatus inclinatus)は、間違いなく国内で最も親しまれている甲虫の一つだ。しかし、同一種でありながら成虫の体サイズや幼虫期の栄養状態によって大あごの形態が劇的に変化する「多型現象」を示す点は、生物学的な驚異と言ってよい。
体長が60ミリを超えてくる大型個体は、先端が内側に大きく湾曲し、内側に細かい鋸歯が並ぶ独特の「水牛タイプ(大歯型)」へと変貌を遂げる。一方で、小型個体ではあごが直線的に伸びる「原歯型」となり、中型個体はその中間の「中歯型」をとる。このあごの多様性は、狭い樹液場での戦闘スタイルや移動効率の違いに由来すると考えられており、観察者を飽きさせない最大の要因となっている。