両書に収められた日本神話のあらすじを比較すると、同じエピソードでも受ける印象は180度異なります。
例えば、伊邪那岐命(イザナギ)が亡き妻・伊邪那美命(イザナミ)を追って黄泉の国へ行く場面。古事記では、腐敗したイザナミの姿を見て恐怖のあまり脱走するイザナギと、恥をかかされて激怒し怪物を放つイザナミの壮絶な夫婦喧嘩が、生々しくドラマチックに描かれます。
スサノオが高天原で暴れ回るシーンや、ヤマタノオロチを退治して草薙剣を手に入れる英雄譚も、古事記では登場人物の心情やセリフが生き生きと描写されます。古事記における神々は、嫉妬し、涙を流し、失敗を重ねる、極めて人間臭いキャラクターとして登場します。
対して日本書紀の神話パートは、あくまで「国家の起源を論理的に説明するための記録」です。天孫降臨や国譲りのエピソードも、皇室が日本を統治する正統性を淡々と論証するトーンで進みます。ドラマ性よりも「どのような取り決めによって統治権が移譲されたのか」という政治的合意のプロセスに重きが置かれています。