診断結果は「心因性発声障害」。喉の器官自体に異常はないにもかかわらず、脳からの伝達回路が途切れ、歌うことはおろか、日常会話すら囁き声しか出なくなるという難病だった。バンドは1999年に解散を余儀なくされ、音楽シーンの第一線から姿を消すこととなる。
「明日起きたら、以前の声に戻っているのではないか」
そんな淡い期待は毎朝打ち砕かれた。マイクを握る恐怖、音楽仲間への焦燥感、そして何より歌えない自分に対する絶望。歌を取り戻すための模索は14年という気の遠くなるような年月におよんだ。鍼灸、整体、発声トレーニング、心理療法……あらゆる可能性を試しながら、彼は一人、山の中に籠もり、自然の音に耳を澄ませる日々を送ったという。失われた声を探す旅は、自分自身の魂と向き合う孤独な闘いでもあった。