物語の根幹である「ともだちの正体」について、原作漫画と映画版では構造的な違いが存在します。この相違点こそが、堤幸彦監督と原作者・浦沢直樹が映画化にあたって最も腐心したポイントでした。
原作漫画における「ともだち」は、初代がフクベエ(服部哲也)であり、彼が理科室の首吊り坂事件で死んだ後、2代目としてカツマタ君が入れ替わるという二重構造を取っていました。しかし、映画版では観客への分かりやすさと2時間枠のドラマ性を重視し、「最初から最後までカツマタ君がフクベエになりすましていた」という大胆な一本化が行われています。
映画版の設定では、本物のフクベエは小学生時代に理科室の実験失敗で命を落としていました。その場にいたカツマタ君は、自分が犯した駄菓子屋のバッジ万引きの罪をケンヂたちに着せられ、学校中で「死んだこと」にされて透明人間のような扱いを受けていた少年です。彼はフクベエの死を隠蔽し、仮面をかぶりフクベエの顔の「お面」や整形によって彼自身になりすまし、大人になってからもフクベエとして行動し続けました。
劇場公開時にエンドロールの後に挿入された約10分間のシークエンスこそが、すべての謎を解く鍵です。バーチャルアトラクション(VA)に入ったケンヂは、中学生時代に戻り、屋上で一人佇む少年時代のカツマタ君に対峙します。そこでケンヂは、かつてバッジを万引きした本当の犯人は自分であり、カツマタ君に罪をなすりつけたことを涙ながらに謝罪します。この一連のやり取りによって、世界の破滅を画策した巨大な陰謀が、実は「子どもの頃に奪われた尊厳と謝罪を求める孤独な叫び」に過ぎなかったという切ない結末へと着地します。
DVDやBlu-rayに収録された「もう一つのエンディングバージョン」では、理科室の実験事故やフクベエの葬儀の裏側がより克明に描写されており、初見時の疑問が綺麗に氷解する構成となっています。