Q1:加藤高明が制定した普通選挙法で、女性に選挙権は与えられなかったのですか?
A1:与えられませんでした。加藤内閣の普通選挙法によって納税要件は撤廃されましたが、選挙権が認められたのは「満25歳以上の帝国男子」に限定されていました。日本の女性が初めて参政権を獲得したのは、第二次世界大戦後の1945年(昭和20年)12月の衆議院議員選挙法改正です。
Q2:なぜ加藤高明内閣は共産主義国だったソ連と国交を結んだのですか?
A2:北樺太の石油・石炭利権を確保するという実利的な経済・エネルギー目的と、シベリア出兵以降の極東情勢を安定させる国際戦略があったためです。加藤内閣は実利を優先して「日ソ基本条約」を結びつつ、国内へ共産主義運動が波及するリスクを「治安維持法」で抑え込むという極めて現実的な両面外交を展開しました。
Q3:平民宰相と呼ばれた原敬と、加藤高明の政治スタイルの違いは何ですか?
A3:原敬(立憲政友会)が鉄道建設など地方への利益誘導によって党勢を広げた「利益誘導型の政治家」だったのに対し、加藤高明(憲政会)は都市部の中間層や知識層を支持基盤とし、選挙制度改革や軍縮、行政改革などの「制度改革・規範重視型の政治家」でした。金脈においても原が三井財閥と近かったのに対し、加藤は三菱財閥と強固に結びついていました。