歴史の針を律令時代まで巻き戻してみよう。当時、平安京の内裏を守護官庁として機能していたのが「右衛門府(うえもんふ)」および「左衛門府(さえもんふ)」だ。彼らは宮門の開閉や警護を担う重要機関であり、そこに所属する役人たちの官職名こそが「右衛門」の起源である。
やがて中世から近世にかけて、実質的な官職としての役割が形骸化すると、武士や裕福な町人たちの間で「百官名(ひゃっかんみょう)」と呼ばれる習慣が定着する。これは実際の役職に就いていなくても、官職名を通称や名前に取り入れる風習のことだ。こうして「右衛門」は、威厳のある男性名として民衆の間に広まっていった。