両親と寂聴の歪で濃密な関係は、幼い子どもたちの目にも確かに焼き付いていた。長女である井上荒野が、この複雑怪奇な三角関係を真正面から題材にした長編小説『あちらにいる鬼』を集英社から上梓した際、日本文学界には激震が走った。
身内の最も恥部とも言えるスキャンダルを、圧倒的な筆力で純文学へと昇華させた荒野。そこには、母・郁子が背負った重圧と、父への尽きない愛憎が生々しく刻まれている。母は被害者だったのか、それともすべてを掌握していた支配者だったのか。娘の冷徹な観察眼によって暴かれた母の肖像は、耐え忍ぶ旧来の貞淑な妻像を鮮やかに打ち砕き、一人の誇り高き女性としての生々しいリアリティを突きつけた。