「清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人……」
あまりにも有名な『紫式部日記』の一節である。紫式部が清少納言の漢字知識や態度を容赦なく酷評したこの記述こそが、後世における「二大女流作家不仲説」の決定的な証拠とされてきた。しかし、歴史学界の2026年最新研究では、この文章を単純な個人攻撃として受け取る見解に疑問の目が向けられている。
研究者が注目するのは、筆が執られた「時期」と「政治的文脈」だ。実は、ふたりが同じ宮廷内で直に顔を合わせていた時期はほとんど存在しない。清少納言が仕えた中宮定子が没した後に、紫式部が出仕しているからだ。つまり、紫式部が酷評したのは目の前の生身の人間の振る舞いではなく、当時宮廷内で圧倒的な人気を誇っていた文学作品『枕草子』であり、そこに漂う前政権時代の風潮そのものだった可能性が高い。