1998年12月のデビュー曲「Automatic」の衝撃を覚えているだろうか。R&Bのアプローチを取り入れた重厚なベースラインと、圧倒的なボーカルのグルーヴ。あのサウンドの質感を決定づけたのは、他でもない彼のプロデューサーとしての緻密な音作りだった。
レコーディング現場でのエピソードは実に刺激的だ。海外の一流エンジニアやミュージシャンを即座に起用し、日本の歌謡曲的なミックスバランスを排して、低音の鳴りとボーカルの存在感を極限まで引き立てる手法を導入した。当時、日本のラジオやクラブのスピーカーで鳴らした際、洋楽のチャート曲と並んでも一切引けを取らない音響設計を徹底的に追求。このスタジオワークにおける妥協のない耳こそが、歴史的ヒット作を生み出す原動力となったのだ。