引退後、年寄・八角を襲名した北勝海は、1993年(平成5年)に九重部屋から分家独立して八角部屋を創設しました。師匠の教えを受け継ぎ、厳しい稽古と人間教育を重んじる指導方針で、関脇・隠岐の海や北勝富士、北の若といった幕内力士を多数育成し、指導者としても確固たる地位を築きました。
日本相撲協会内でも要職を歴任し、2015年(平成27年)11月に北の湖前理事長が急逝したことを受けて理事長代行に就任。その後、正式に日本相撲協会理事長に就任しました。
理事長就任以降は、コンプライアンスの徹底や不祥事防止、相撲協会の公益法人改革を推進。近年ではインターネット中継やSNSを活用した情報発信、若年層やインバウンドに向けたファン開拓など、伝統を守りながらも時代に即した近代的な組織運営を実行しています。土俵の充実と協会の透明性向上に尽力する姿勢は、角界関係者やファンからも厚い信頼を集めています。