1990年代に入り、彼の運命は激変する。音楽プロデューサー・小室哲哉との出会いだ。当時、小室氏は日本に本格的なダンスミュージックを根付かせるための相棒を探していた。そこで白羽の矢が立ったのが、すでにリミキサーとしても頭角を現していたKOOだった。
1993年、TRF(当時はtrf)としてデビュー。「EZ DO DANCE」や「BOY MEETS GIRL」など、ミリオンセラーを連発するモンスターグループのDJとして、彼は一躍時代の寵児となる。しかし、スポットライトを浴びる裏で、彼は常に「DJとしてどうあるべきか」を模索し続けていた。単に曲をかけるだけでなく、グループの精神的支柱としての役割を果たしていたのだ。