箱根駅伝の歴史において、「山の神」という言葉が初めて使われたのは順天堂大学の今井正人選手に対してでした。それまでの5区は「耐える区間」であり、いかにタイムロスを最小限に抑えるかが各校のセオリーだったのです。しかし、今井はその常識を根底から覆しました。2005年の第81回大会で、彼は驚異的なごぼう抜きを見せ、当時の区間記録を2分以上も短縮する快走を披露。実況アナウンサーが叫んだ「山の神、ここに降臨!」というフレーズは、日本スポーツ界の伝説となりました。
今井の凄さは、急勾配を感じさせない力強いピッチと、後半になっても全く衰えないスタミナにありました。彼の出現によって、5区は「守りの区間」から「最大の攻めの区間」へと変貌を遂げたのです。彼の走りは、その後の箱根駅伝の戦略そのものを変える決定的なターニングポイントとなりました。