モデルやレースクイーンとして着実にステップを上がっていた蒲池幸子さんでしたが、彼女の目指す場所は常に「音楽の世界」でした。テレビ番組のアシスタントやカラオケビデオへの出演などをこなす傍ら、数多くのオーディションを受け続ける日々を送ります。
転機が訪れたのは1990年8月、音楽制作会社ビーイングが主催した「B.B.クィーンズ」のコーラス隊オーディションでした。このオーディションで、ビーイングの創業者でありプロデューサーの長戸大幸氏が彼女の類まれな才能を直感します。
長戸氏は「彼女はコーラスではなく、単独のボーカリストとして世に出すべきだ」と判断。こうして彼女を中心に結成された音楽プロジェクトが「ZARD」であり、芸名を「坂井泉水」へと改め、翌1991年に待望の歌手デビューを果たすことになりました。