自由律俳句を語る上で欠かせないのが、大正から昭和初期にかけて活躍した二人の巨人、種田山頭火と尾崎放哉である。彼らの生き様は、お世辞にも平穏とは言えなかった。酒に溺れ、職を失い、社会のレールから外れながらも、彼らはただひたすらに言葉を紡ぎ続けた。
山頭火の「分け入っても分け入っても青い山」という句は、果てしない旅路と内面の葛藤をそのまま表している。彼らにとって自由律俳句は、高尚な趣味などではなく、生きるための叫びであり、呼吸そのものだった。この泥臭くも人間味あふれる系譜が、現代の読者にも強烈なリアリティをもって響いている。