「安倍晋三の祖父」と聞くと、多くの人は日米安全保障条約改定を断行した「昭和の妖怪」こと岸信介を連想しがちです。しかし、父方の祖父である安倍寛の生涯を紐解くと、私たちが抱く「安倍政治」のイメージとはまったく異なる、極めてリベラルで民衆に寄り添った政治家の姿が浮かび上がってきます。
安倍寛は1894年(明治27年)4月29日、山口県大津郡日置村(現在の日置地区、長門市)の裕福な地主・酒造業の家に生まれました。幼少期に両親を亡くすという過酷な境遇を経験しながらも向学心に燃え、名門・第六高等学校(岡山)を経て、東京帝国大学法学部政治学科を1921年(大正10年)に卒業しました。
大学卒業後は実業の世界で木材商などを営んだ後、故郷の窮状を救うべく政治の道を志します。1933年(昭和8年)に山口県議会議員に当選し、日置村長も兼任。地元の農村復興やインフラ整備に私財を投じて尽力しました。私欲を一切持たず、不正を憎み、困窮する農民のために汗を流すその姿勢から、地元住民からは「大津聖人(おおつしょうにん)」と尊称されるほど深い敬愛を集めました。
1937年(昭和12年)の第20回衆議院議員総選挙に立憲政友会から初出馬してトップ当選を果たし、国政へと進出。そこから彼の「反骨の政治家」としての真骨頂が発揮されることになります。