現代のデジタル空間において、凶悪事件の報道は瞬時にショート動画や画像として切り抜かれ、アルゴリズムに乗って拡散されます。そこでは、事件の背景にある残酷な事実や被害者が流した血の重みは剥ぎ取られ、「ビジュアルとしての容疑者」だけが一人歩きを始めます。
近年の特殊詐欺グループ幹部や強盗致死事件の実行犯が逮捕された際にも、送検時の横顔がイケメンであるというだけで、コメント欄が「推せる」「スカウトされるべき」といった軽率な言葉で埋め尽くされるケースが目立ちます。画面をスクロールするユーザーにとって、それは映画のワンシーンやアニメのキャラクターを消費する感覚と何ら変わりません。
しかし、エンターテインメントとして消費されるその裏側には、一生消えない傷を負った被害者や、突然の暴力によって未来を断ち切られた遺族が確実に存在します。加害者が容姿によって称賛され、同情を集める光景を目にすることが、どれほど深く遺族の心をえぐるか。バーチャルな「推し」の感覚で現実の凶悪犯を消費する行為は、加害への加担に等しい暴力性を秘めています。