香川県小豆島出身の彼が芸の道を志し、東京・浅草へと足を踏み入れたのは若き日のことだ。伝統と笑いが交錯する浅草演芸ホールなどの舞台で揉まれるなか、運命的な出会いが訪れる。昭和の爆笑王として知られるレオナルド熊との出会いである。
二人が結成したお笑いユニットは、当時のお笑いコント界に強烈なインパクトを与えた。毒舌とシュールな間合い、そして圧倒的な声量とリズム感。二人の掛け合いは瞬く間に話題となり、若者からお年寄りまでを虜にした。後に所属した太田プロダクションでもその存在感は異彩を放ち、全国区のバラエティ番組への出演を通じて一躍お茶の間の人気者へと登りつめたのである。