「なぜ父と同じサッカーの道を極めなかったのか」という疑問は、彼が格闘技デビューを果たした際、多くのファンが抱いた率直な関心事でした。その決断の裏には、高校時代に直面した深刻な怪我の挫折と、格闘技への純粋な情熱がありました。
高校時代、孝太は腰の椎間板ヘルニアを患い、手術を余儀なくされます。長期間にわたり満足なプレーができない中で、サッカー選手としてトップを目指す厳しさを痛感。部活を引退した時期に、もともと父の影響で幼い頃からテレビ観戦が好きだった格闘技への思いが再燃しました。
「偉大な父の息子」として常にサッカー界で比較され続けるプレッシャーから逃げるのではなく、あえて全く異なる過酷な勝負の世界で「一人の三浦孝太」として自立したいという強烈な意思が芽生えたといいます。両親に対しても単なる思い付きではなく、自ら頭を下げて本気の覚悟を提示。父のカズも「やるからには中途半端ではなく、命がけでやりなさい」と息子の背中を押しました。