細木数子の若き日は、決して順風満帆なものではなかった。東京・渋谷のカフェで働いていた彼女は、20代前半で最初の結婚を経験する。相手は地元の名士の息子だったとされるが、この結婚生活はわずか数年で終わりを迎えた。
「男に頼って生きる器ではなかった」と、当時を知る関係者は口を揃える。彼女自身、後にテレビ番組で「若気の至りだった」と振り返っているが、この挫折こそが、彼女をビジネスの世界、そして後に「運命学」へと駆り立てる原動力となったことは疑いようがない。愛に破れ、自立の道を模索し始めた彼女は、銀座のクラブママとして頭角を現していく。