かつて四日市市に本部を置いた三重銀行と、松阪市を本拠地とした第三銀行は、長年にわたり互いに譲らぬ競合関係にあった。しかし、地域経済の地盤沈下に伴い、貸出金の利ざや縮小が深刻化。従来の単独生き残り路線は限界に達していた。日経電子版などでも連日報じられた通り、両行の経営陣が下した決断は「対等合流」という道だった。
この決定を主導した一人である渡辺三憲氏をはじめとする経営陣は、単なるコスト削減にとどまらない成長モデルの構築を掲げた。かつて個別に検討されていた地銀再編経営統合プロジェクトは、こうして「三十三銀行」という新たなブランドとして結実することとなったのである。