1997年12月、三船敏郎が77歳でこの世を去った際、大きな注目を集めたのが「認知」と「遺産相続」の問題です。
敏郎は生前、正妻との離婚が成立しない中でも、美佳を実子として認知する旨を公正証書遺言に明確に記していました。これにより、父の死後に正式な認知手続きが完了し、彼女は法的に三船敏郎の実子として認められることとなりました。
遺産相続に関しては、三船プロダクションのスタジオ建設に伴う巨額の負債や著作権管理が絡み合い、一時はメディアで骨肉の争いと報じられました。しかし、最終的には法律の規定に基づき、正妻側の息子たち(三船史郎ら)と美佳の間で法的な遺産分割協議が進められ、一定の解決をみています。美佳自身も「父が遺してくれた最大の遺産は、名前と注いでくれた愛情」と語るなど、金銭以上の誇りを父から受け継いでいます。