長年、ネット掲示板や週刊誌で語り継がれてきた「宮崎駿 庵野秀明 不仲説」。この噂が過熱した最大の契機は、1990年代半ばから後半にかけて巻き起こった『新世紀エヴァンゲリオン』の社会現象と、それに対する宮崎監督の辛口な論評でした。
宮崎監督は当時、メディアの取材に対して「エヴァンゲリオンは閉塞した自己愛の産物」「逃げ場所を作っているに過ぎない」といった痛烈な言葉を投げかけました。一方で庵野氏もまた、対談の席などで「宮崎さんは大衆を啓発しようとしているが、実は誰よりも人間を嫌っている」と、師の欺瞞を鋭く突く反論を展開。これら公の場での歯に衣着せぬ応酬が切り取られ、「ふたりは絶縁した」という噂が独り歩きしていきました。
しかし、この摩擦の本質は低俗な人間関係のトラブルではありません。関係者の証言や当時の記録を検証すると、不仲説の実態は「巨大な父(宮崎駿)の影を乗り越えようとする息子(庵野秀明)の精神的自立の試み」であったことが明白です。宮崎監督が過激な言葉を向けたのは、庵野氏の類まれな才能を誰よりも高く買っていたからこそ、安易な自己完結に陥ることを恐れた叱咤でした。互いに相手の本質を誰よりも理解しているからこそ、生半可な妥協を許さないプロフェッショナルの衝突だったのです。