1945年8月、ソビエト連邦の満州侵攻と日本の敗戦によって満州国は崩壊。溥儀は逃亡の末にソビエト軍の捕虜となったが、重度の阿片依存で正気を失っていた婉容は置き去りにされ、八路軍(中国共産党軍)によって捕らえられた。彼女は各地の収容所をたらい回しにされ、重い戒断症状による激痛と恐怖に苛まれ続けた。
1946年6月、婉容は吉林省延吉の監獄にて、誰にも看取られることなく40歳の若さでひっそりと息を引き取った。遺体は近くの山に雑に埋葬されたと伝えられ、その墓標すら今なお特定されていない。清朝の終焉とともに生まれ、二つの帝国の狭間で破滅へと追いやられた婉容。阿片煙の向こうに彼女が見たものは、権力に翻弄された個人の儚さと、歴史が孕む底なしの冷酷さだったのかもしれない。 (出典: 婉容 阿片(Yahoo!ニュース))
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