本作のもうひとつの主軸が、近所の不気味な屋敷に引きこもる謎の男「ブー(アーサー)・ラドリー」をめぐる子どもたちの冒険です。スカウトや兄のジェムにとって、姿を見せないブーは「夜な夜な猫を食べる怪物」として恐れられていました。
裁判後、自らの恥部を法廷で暴かれたボブ・イーウェルはアティカスに逆恨みを募らせ、ハロウィンの夜、仮装行列から帰宅途中のスカウトとジェムをナイフで襲撃します。暗闇の中で絶体絶命の危機に陥った子どもたちを救ったのは、屋敷から飛び出してきたブー・ラドリーでした。もみ合いの末にボブは自身のナイフが刺さって死亡し、重傷を負ったジェムを抱き上げて家まで運んだのは、紛れもなくブー本人でした。
保安官のヘック・テイトは、精神的に繊細で外界を恐れるブーを殺人容疑の法廷劇に引きずり出せば、町中の好奇の目に晒されて彼を破滅させてしまうと判断します。保安官は「ボブ・イーウェルは自分のナイフに倒れた事故死」として処理することを決断。スカウトはその配慮を理解し、父の教えを思い出して次のように語ります。
「ブーさんを表舞台に引きずり出すのは、『何も悪さをせず美しい声で歌うだけの物まね鳥(マネシツグミ)を撃ち殺すようなもの』だよね」
本作において、物まね鳥とは「他人に一切の害を与えず、ただ善意や美しさをもたらす無力な存在」の象徴です。無実でありながら殺されたトム・ロビンソンと、外界の残酷さから身を隠しつつ子どもたちを守り抜いたブー・ラドリーのふたりこそが、まさに殺してはならない「物まね鳥」でした。
本作屈指の名言として語り継がれるアティカスの言葉は、半世紀を超えて今なお多くの人の道標となっています。
「相手の身になって物事を考えない限り、本当にその人を理解することはできない。その人の靴を履いて、歩き回ってみるまではね」("You never really understand a person until you consider things from his point of view—until you climb into his skin and walk around in it.")