最も根本的な違いは、その「読者」の設定にある。『古事記』は、国内の結束を高めるためのいわば身内向けのストーリーブックだ。天武天皇が「我が国の正しい歴史を残さねば」と発起し、稗田阿礼の記憶力を頼りに太安万侶が書き上げた。語り口はどこか人間味に溢れ、神々の失敗や愛憎劇が泥臭く描かれている。
一方で『日本書紀』は完全に「外向け」の顔を持つ。当時の超大国であった唐や新羅に対し、「日本はこれほど立派な歴史を持つ独立国である」とアピールするための公式な外交文書だった。そのため、内容も極めて官僚的で、客観的な事実(に見せかけた記録)が淡々と綴られている。この目的の差が、両者の性格を決定づけた。