施設内部の環境は劣悪を極めた。女性たちはペニシリンを連日投与されたが、過剰反応によるアナフィラキシー・ショックで死亡する例が相次いだ。「ペニシリン・ショック」と呼ばれるこの現象は、収容者たちに死の恐怖を植え付けた。
逃亡を試みる者も後を絶たなかったが、高いコンクリート塀と鉄格子、そして外部の見張りによってその多くは連れ戻された。脱走を図って二階の窓から飛び降り、脚を骨折した女性の記録も残っている。当時の女性たちにとって、そこは病気を治療する病院ではなく、自尊心と身体を破砕される監獄以外の何物でもなかったのだ。