彼の功績を語るうえで不可欠なのは、彼を取り巻く人々の熱量だ。ボストンの富豪ハーディ夫妻は、密航者であった彼を我が子のように愛し、学費から生活費に至るまで全面的に支援した。また、岩倉使節団の通訳として渡欧した際には、木戸孝允や伊藤博文ら明治政府の重鎮たちからもその高い見識と誠実さを評価された。
彼が築いた人間関係は、単なる利害関係に基づくネットワークではない。真摯な人柄と志の高さが引き寄せた「魂の共鳴」とも呼ぶべき絆であった。この信頼の蓄積があったからこそ、帰国後に京都という保守的な古都の地において、私学の創立という前代未聞の偉業を成し遂げることができたのだ。