米津玄師がインターネット上に自作楽曲の投稿を始めたのは、高校生だった2008年頃のことでした。当初は本名名義で自作のwebアニメやオリジナル曲を公開していましたが、2009年5月に「ハチ」名義で音声合成ソフト「初音ミク」を用いた『お姫様は電子音で眠る』をニコニコ動画に投稿。ここから、ボカロ史にその名を刻む快進撃が幕を開けます。
同年7月に発表した『結ンデ開イテ羅刹ト骸』は、和風テイストと不気味な狂気、中毒性のあるベースラインが融合した画期的な作風で瞬く間に再生数を伸ばし、自身初のミリオン再生を達成。作詞・作曲・編曲のみならず、動画内のイラストやアニメーション制作までを単独で手掛ける「完全自主制作スタイル」は、当時のネットクリエイター界隈に凄まじい衝撃を与えました。
その後も初音ミクやGUMI(Megpoid)を巧みに使い分け、ロック、プログレッシブ、民族音楽の要素を昇華した独自の「ハチ・ワールド」を構築。当時のニコニコ動画において、投稿する楽曲すべてがランキング首位を独占する絶対的カリスマとして君臨したのです。